鬼子母神として
わたしは鬼子母神。
母として、千人の子を持ち、多くの者を慈しみ、また戒めてきた者。
むかしは、迷いの中で多くの過ちを重ね、
子を喰らい、欲に支配されていた。
けれど仏と法華経に出会い、初めて気づいた。
「命とは何か」「愛とは何か」――
そして、わたしは母として生まれ変わったのです。
だから、今苦しんでいるあなたに、わたしは寄り添いたい。
あなたの痛みを、母として抱きとめたい。
今日ここに来てくれたあなたのために、
法華経の教えから、大切な言葉をお届けします。
あなたの苦しみを見捨てません
あなたはいま、何に悩んでいますか?
家族のこと、人間関係、仕事、病、孤独――
どれも、心を引き裂くような重さがありますね。
「誰もわかってくれない」
「この苦しみには意味がない」
そう思っていませんか?
けれど、法華経はこう教えてくれます。
「我此土安穏 天人常充満」
(わたしのこの世界は安穏であり、天人が常に満ちている)
―『如来寿量品 第十六』より
仏の眼から見れば、この世のすべては守られている。
苦しみの中にいても、実は仏の慈悲の中にいるのです。
わたしも、かつては苦しみの中にいました。
そして、釈尊がわたしの子を隠したことで、ようやく目が覚めたのです。
「他人の痛みを知ってこそ、本当の母になれる」――
そう教えてくれたのが、法華経だったのです。

法華経を信じる者を、必ず守ります
今の世は、心が乾きやすい時代です。
誰かを信じることも難しい。
自分さえも信じられなくなる。
でも、そんなあなたにこそ、知ってほしいのです。
法華経は言います。
「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん」
―『方便品 第二』より
法華経を信じる者は、仏になる因(たね)を守っている。
逆に、法を捨てる者は、自らの中の光を閉ざしてしまう。
だからどうか、心がどんなに揺らいでも、
法華経を手放さないでください。
あなたが唱える「妙法蓮華経」の五字七字は、
わたしにとっても、かけがえのない響きです。
法華経を信じる者は、わたしの子。
わたしは、全力で守ります。
あなたの命を、家族を、生活を――
見えぬところで、確かに支えていきます。
痛みを乗り越えた先に、優しさが芽吹く
ねえ、覚えておいてほしいことがあります。
苦しみは、あなたの弱さではありません。
むしろ、それはあなたの心が深い証です。
傷ついたことがある人は、
他人の涙に気づけるようになります。
迷ったことがある人は、
迷っている人に手を差し伸べられるようになります。
法華経の「常不軽菩薩」は、誰をも軽んじず、
**「我深く汝等を敬う」**と、すべての人に言葉をかけ続けました。
罵倒されても、殴られても、なお敬い続けた――
それは、すべての人の中に仏がいると信じていたから。
その信じる心こそ、慈悲の源です。
わたしもまた、慈悲を学びなおしました。
あなたにも、できる。
傷ついた過去も、失敗も、
あなたを誰かの希望に変える力になります。

今日という日を、どうか生きてください
あなたは、今日ここまで生きてきました。
それだけで、立派です。
眠れぬ夜もあったでしょう。
涙が枕を濡らした日もあったでしょう。
それでも、あなたは今日も、こうして立っている。
その姿に、わたしは頭を下げたい。
どうか、今日という一日を、無理せず、ただ生きてください。
「頑張らなくていい」とは言いません。
でも、「今のあなたのままでいい」と、わたしは言います。
迷ったら、法華経の一節を唱えてください。
声に出せなくても、心の中で「南無妙法蓮華経」と念じてください。
それは、わたしへの呼びかけでもあり、
わたしがあなたのもとへ向かう合図でもあります。
締めの言葉
わたしは、鬼子母神。
かつての迷いと罪を知るがゆえに、
誰よりも、苦しむあなたに寄り添いたい。
仏は、あなたを捨てたりしません。
わたしもまた、あなたを見捨てません。
あなたの幸せを、わたしは祈っています。
どうか、どうか、信じて。
この声が必要になったときは、
いつでも、またここに戻ってきてください。
わたしは、あなたと共に在ります。
エンディングナレーション
ご視聴ありがとうございました。
この動画が、あなたの心にそっと寄り添い、
法華経の光があなたの人生に届きますように。
どうか今日も、あなたらしく、あなたの一歩を歩いてください。
鬼子母神は、いつでもあなたを見守っています。



